FC2ブログ

2年前までは京都まで食材を調達しに行くほど、おせち作りに燃えていました。

でも、母が寝込んでからはそれどころではありません。


年末年始は配食もお休み、ヘルパーさんも来ない。

食事にうるさい父をずーっと面倒見なきゃいけない。(頭痛い)

大晦日に小さめのお重を作って持って行こう。

そして、元旦は お雑煮を作りに行こう。

IMG_6661a.jpg

病院に洗濯物を持って行くため、日曜日の昨日は緊急"登板"しました。

帰りに実家に寄ると、冷蔵庫には前日ヘルパーさんが買った来てくれた

かつ丼がありました。

それを、お昼と夜に半分ずつ食べる予定だったようです。

いたたまれない気持ちでした。

それは私が持ち帰ることにして、父の好きなラーメン&炒飯を作り、

夜用にマグロと茄子の味噌田楽を置いておきました。


母が入院してから父はますます食べる意欲を無くしてしまいました。

配食弁当にも手を付けず、買い置きのカップ麺(ミニ)を食べたりしてるようです。


寝たきりで言葉を発せない母でも、横にいてくれたら生活のハリになるんですね。

仲のいい両親が、こんな老後を送ることになるなんて思ってもいませんでした。

毎朝 ゆで卵を食べる両親のために、一度だけ卵を茹でたことがあります。

しかしですね、その時失敗して殻がツルッと剥けず・・・(^^;

機嫌を損ねた二人は食べてくれませんでした。

(卵にひびを入れて、塩またはお酢を入れた水から加熱する方法)

それ以来、父はヘルパーさんに頼むようになりました。(笑)


ところが、

母が入院したため、 今まで90分だった家事支援が半分の45分になってしまい、

買い物に行って掃除をしてもらうと、ゆで卵を作る時間がありません。

失敗卵の話をヘルパーさんにしたら、

ヘルパーさんは沸騰したお湯の中に卵を入れるんですって!

それを聞いてから、実家と自宅で猛特訓をしました。(マジで)

殻にひびが入るかと思いきや、上手く出来ます♪


トマトは湯剥きしていないと食べない、

麺類は短くカット、

色合いが悪いとテンションが下がる。

一口大が大きすぎると食べない・・・

なんでも完璧でないとダメな親。

もうしんどいわ~。

IMG_2091.jpg

母は、来月リハビリの病院に転院し、その後のことを

ケアマネさんに相談しました。

母は寝たきりになって要介護3見込みなので、特養に入ることはできる。

ケアマネさんは、3つほど施設を紹介してくれました。

何百人待っているわけでも無く、比較的入所しやすいらしい。


問題なのは父。。

昨年体調を崩したとき、本当に弱っていて要支援2になりました。

今は母の介護でシャキッとしたのか、やや持ち直し…

今回は要支援1に。。(^^;

食事が困るから早くお母さんと一緒にホームに入りたいと言います。

要介護3と要支援1が一緒に入れる所というと、なかなか無いんですよね。


とりあえず、母の入所先を確保しておいて

その後、父の事は考えることになりそうです。


帰りに母の病院に寄りました。

微熱があり血圧もちょっと高いとのこと。

色々訴えるのですが、

言葉が不明瞭で何を言ってるのか理解するのに苦労します。

"大部屋でいいから安いホームして"と、まだ費用の事を気にしている様子。


実家と母の洗濯物をたくさん持って帰ってきました。

R0016026a.jpg

ここだけの話、母を介護する必要がなくなったら楽になり、

実家へ行っても時間が余ります。

今日から少し遅めに家を出る事にしました。


実家に着くと、雨戸は閉めっ放し、新聞もポストの中。

また具合悪いのかな~と思ったら、ただ"寒いから"との理由でした。

虚弱の父はすぐに風邪を引くので ひやひやします。


"お母さんに持って行って"と、CDウォークマンを私に渡しました。

退屈してると思うのか、夫の愛なのか・・・

でも、母にはとても音楽を愉しむ気持ちの余裕なんてありません。

母に見せたら、「要らない」とつれない返事でした。


入院していても不安症の母は心配の種が尽きず、

"ホームは一人で入る、お金かかるから"と言います。

ずっとお金の事を気にしているよう。

若い頃は自分が年を取るなんて思ってもいなかった、と言う母。(なんでやねんw)

旅行三昧で遊びほうけていました。

100才まで余裕で生きられるように、計画しておいて欲しかった。

来週、施設についてケアマネさんに相談しよう。


昨日、今日の母は落ち着いていて、

病室を出る私を目で追って、手を振ってくれました。

4B370E88-5091-47C7-8D86-ABCF2F2B6D5E.jpg

父は、一人になって寂しそうです。

施設に入る覚悟は出来たようですが…うまく見つかるかどうか。。

いつもお弁当ばかりなので、今日のお昼はしゃぶしゃぶにしました。


実家から病院までは車で5分。

帰りに寄りました。

今日の母は、私を待ちかねていたのか、

顔をみるなり、「はふはおるとしゃんふ・・・」

最近、益々言葉が出にくいようで、分かりにくい!

「は?なに?」

通りがかった看護師さんに、

「バスタオルとシャンプー持ってきて下さいね」に言われました。


いつものように「つらい」 と言うものの、

今日は わりに落ち着いていました。

「おほうさんどうひへる?」(お父さんどうしてる?)

お父さんしゃぶしゃぶたくさん食べたよ~と言ったら、安心したようでした。


ワンコが待ってるから気を遣うのか、「早く帰って」としきりに言います。

ほんの10分くらいで帰ってきました。


母が使っていた寝具はまだそのままです。

さっさと片付けたら、父が可哀想ですからね。

でも、母が溜め込んだ台所の無数の保存容器など、

処分しました。(^^;

IMG_2017.jpg

入院2日目の昨日、午後から母の様子を見に行きました。

顔をのぞくと、薄目を開けました。

「お母さんしんどい?」と聞いたら

こっくりとうなずき、ジェスチャーで息が苦しいと応えました。(過呼吸)

昨日の大興奮とは違って、声も出せません。

それっきり目を開けることも無く、苦しさに耐えているようでした。


見ていてとても辛いです。

姉は母から預かった"手紙"を主治医に渡しました。

いかなる延命治療も拒否する、という内容です。

内容に目を通した医師は、"そうですか、わかりました" と。

昨日入院した時、母は興奮して "治療はしないで!" と何度も姉に言ったそうです。

"お父さんにもあんた達にも感謝してる、もうここで死ぬ"

遺言めいたことも。。


不安神経症の母が、自分の状況を分かっているわけだから

さぞかし恐ろしいでしょう。

でも、何度も言うように 血圧・肺機能・心臓など…悪いところは無いのです。(汗)

これは長くなりそうだなぁ。


昨日姉が "じゃ、帰るね" と言ったら、

渾身の力を込めて姉の腕をつかみ、"帰らんとって!"と懇願したそうです。

なので私は、母が目を閉じている間に そっと病室を出ました。

R0016527.jpg

家に帰って、医師から告げられたことを父に報告しました。

  3週間ほどコルセットをはめて、その後はリハビリの病院に転院、

  その間に一気に認知症の症状が出るだろう、肺炎を起こすかもしれない。

  もう家に帰ることは無理だろうから、施設を考えた方がいい。


「ついに来るときが来たか・・・」

父は、とても落胆していました。

老老介護は大変だったから、楽になるはずなのに。


「一人で毎日会いに行く」なんて言うものだから、全力で止めました。

ただでさえ寒いのが嫌いなのに、50メートルも歩けないのに、

ふらついた足でバスに乗って病院へ行くなんて無理!


姉からは、刻々と母の様子がメールで送られてきます。

"またパニック起こしてる!"

"ワケの分からないこと叫んでる、死亡届??"

"お父さんの事ばかり言ってる"

"ここで死ぬ!最期にお父さんに会いたいって言う!"


私は涙が止まりませんでした。

念願の入院・・・でも、もう家に帰れないなんて思ってはいません。

娘が、「いえ、在宅で介護します!」と訴えればそれも出来るでしょう。

けれど、父と 完全寝たきりで精神疾患を抱えた母を

(主人に遠慮しながら)同時に介護する自信がないんです。


思い切って父に話しました。

このままではお母さんと一生別居になるよ、

お父さん一人では心配だから、二人部屋のホーム探す?

「そうするしかないか…」


自宅に帰る途中、オレンジ色の太陽が山の端に沈んで行くのが見えました。

大きな転換期が来たことを、実感しました。

IMG_2578.jpg

昨夜、訪問診療のK先生が来てくれまして、

「一応、病院で検査してもらおうか」という事になり、

介護タクシーを手配するように言われました。

ケアマネさんが4社を紹介してくれました。

ただ、条件が難しいんです。

1、腰が痛くて、寝たきりで動けないこと

2、玄関に階段があるからストレッチャーが使えないこと

3、男手がないこと

何社か断られましたが、何とか受けてくれるタクシー会社にお願いしました。


一日仕事になりそうなので、ワンコを獣医さんに預けて実家へ・・・


母は念願の入院が決まって大喜びでした。

「先生のおかげ、ケアマネさんにもお礼を言っておいて」と、

タクシーの中で、何度も繰り返していました。

母が外の景色を見るのは10カ月ぶりかな?

建設中の高速道路をじっと見つめていました。


整形外科で診察を受けたら、やはり背骨の圧迫骨折でした。

何度も転んでいるので、いつの骨折かは分かりませんが。

で、即入院という事に。


手続きが一通り終わって、母には姉が付き添い

私は父の夕食の準備のため、実家へ戻りました。


つづく…


(ダラダラと長い記事になりそうですが、備忘録として残しておきたいと思います)

IMG_1687.jpg

昨日の件もあって、今朝は早めに家を出ました。

実家に着くと、中から大きな声が聞こえてきます。

母がまた発作を起こし、父が(効かない)頓服を飲ませた後でした。

ケアマネさんに電話したら、すぐに訪ねてくれました。

ケアマネさんはお父さんを亡くされ、今日 仕事に戻ってこられたばかりです。

大変な時にややこしいことを言って申し訳ないわぁ。


ケアマネさんの話では、圧迫骨折かもしれない…と。

どちらにしても、訪問診療の先生に診察してもらってから、という事になりました。

そして、昨日 "忙しいから行けない" と断られた訪問診療の先生に再度電話。

今日の夜、来てくれることになりました。


姉に寝たきり用の紙おむつを買ってきてもらうように依頼した後、

一旦、自宅に帰ることにしました。

ワンコが留守番しているので…

お昼を食べ損ねたので、自宅で冷蔵庫の残り物を食べ、

今はつかの間の休息時間です。


母の面倒で精一杯、目がつりあがってる私の横で父は、

「あの配食弁当はまずいからやめる!今日も全部捨てた!」とごねる。。


「6時ごろまた来るからね」と伝えたら、「僕の晩ごはんは?」だってさ。

父の中では夕食は5時と決まっているので、姉に頼みました。(ため息)


もう少ししたらまた実家へ行かないと。

主人にも、「今日は適当に買って食べて」と連絡しておきました。

往復一時間半の2往復は初めてだ~

IMG_1733.jpg

水曜日はヘルパーさんが家事をしに来てくれるので、姉妹は行きません。

なのに夕方、パニクった父から電話がありました。

「お母さんの具合が悪い、朝から全く動けない!

 訪問診療の先生に電話しても忙しいから行けないと言われた!」 

電話口から焦り具合が伝わってきました。

急きょ予定をキャンセルして、実家へ向かいました。


着いたらヘルパーさんが、紙おむつを交換してくれているところでした。

本来、身体介護は出来ないのですが、

今回は特別に助けて下さいました。(ありがたいです)


母は、おととい転んでお尻を打ち、それが今になって痛みだしたようです。

パニックも起こしていました。

「息が出来ない!入院する!〇〇病院に電話して!」


昨日は何とか動けていたので、骨折はしていないと思う。

本人も打ち身だと言う。。

とりあえず湿布を貼って、様子を見ることに。

「寝る前に湿布を取って」とメモに書き、父の枕元に置いておきました。

口で言ってもすぐ忘れるので。


背中をさすって落ち着かせ、蒸しタオルで顔を拭きました。

ヘルパーさんのアドバイスで、もっと分厚い紙おむつとパッドに替えました。

ついでに、耐熱の防水ベッドシーツも買って 敷いておきました。

「防水シーツ敷いたから漏らしてもいいよ~」と言ったら

安心していました。

そして、先ほど父からメールがあり、今は落ち着いているようです。


坂道を転げ落ちるように、砂のお城が崩れるように…

状態が悪化していく。。


とにもかくにも、ヘルパーさんのありがたみを痛感した一日でした。


R0012656.jpg