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何をしていても、いつも親の事が頭の片隅にあります。

面会禁止が5月末まで延長になり、母は寂しがっていないだろうか?


結婚してすぐ、東京で暮らしていた時

母はたまに電話をかけてきては、泣いていました。(-.-)


今は、施設に会いに行くたび「別れがつらい」と、帰り際に涙ぐむ。


私と母は仲が良く、以前はいつも一緒に出かけていました。

友達も趣味も無い母にとって、私は唯一無二の存在だったはず。

楽しみは、私に会うことだけ。


気持ちはよーくわかる。

でもこれじゃダメなのよ。

娘がすべてじゃダメ。

IMG_0699dogwood.jpg

私には耐性がある。(つもり)

若い頃 主人は忙しく、誕生日もクリスマスも

私はひとりで冷蔵庫の残り物を食べてました。(笑&涙)

ひとりで生きる事に慣れておかなきゃね。

人間、最後はひとりで死んでいくんだもん。


これって、強がりでしょうか?(^^;

子供がいないから言えることなのでしょうか。



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両親に最後に会ったのは3月26日。

母が退院した日でした。


父は心細いのでしょうか、

何かと母の容態をメールで知らせてきます。

最近は微熱があり苦しくて寝てることが多いらしい。


そう言われても、どうしようもなく…余計に心配してしまうじゃないの。


今が面会禁止中で良かった。

会えばきっと「安楽死させて!先生に電話して!」と

手を合わせて懇願するに違いない。

もう何年も、同じ会話を何十回何百回と繰り返してきた。


真綿で首を締めるような終末期。

本人が一番辛いんだろうけど、こちらもやるせない。


炎上覚悟で申し上げますが、

私は高齢になったら、インフルでも何でもいいから

とにかくあっという間に逝きたいです。

終活さえしておけば、悔いはない。


誰かに看取ってもらえなくてもいいよ。

病院から直葬でもいい。

IMG_0692dogwood.jpg

私は、一日でも長く母に生きて欲しいなんて思っていません。

冷たいようだけど、

母のことを考えるからこそ、早く楽にさせてあげたい。

幼くして生き別れた両親のもとに送ってあげたい。




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ひと月近く寝たきりだった母は、

予想していた通り筋肉が衰えて

車いすへの移乗が出来なくなっていました。

当然トイレもひとりで行けない。。

それでも、脳と口だけはキレッキレだから厄介です。


施設に着くと、数人のスタッフが「お帰り~」と迎えてくれました。

母は「ここは天国やわ!」とホッとしたようでした。

そして、「今日からおむつの交換お願いします」と自分で頼んでいました…w


依然、面会禁止中の施設。

荷物をチャチャっと片づけて、

「しばらく来れないからそのつもりで!」と両親に念を押して

逃げるように部屋を出ました。


そして、姉と二人で大きなため息をつきました。

緊急入院した時、先生から看取りの話が出たため、

もうダメだと思い、すぐに 葬儀社 へ相談しに行って(笑)

カメラ〇キタムラで遺影の写真をプリントしたというのに…。(爆)

IMG_0522photos.jpg

「お母さんの生命力には感心するわ」

「あれだけ死にたがってたのに、なんで死ねないんだろう」

「今度 “何か” あったとしても、入院せずに施設で看取って欲しいね」

姉と話しながら帰りました。。




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母は今週 退院することになりました。

看護師さんから聞いていなかったようで

退院するよ、と話したら「わー!うれしい!」と大喜び。

(安楽死希望はどうなった?)


退院を前に、一旦施設に返した車いすを再び病院へ運んでおきました。

いつも思うんですけど…

私はまだ若いし 車も運転できる。

でも親が90代だったら、子供が70代っていうこともありうる。

車がない、家が遠い、病気だったりで親の面倒をみれない人は多いはず。

そういう場合、どうしてるんだろう?

誰が代わりをしてくれるんだろう?

IMG_0508yukiyanagi.jpg

ひと月近く入院していた母は

コロナが深刻になっていることも

オリンピックが延期になったことも

父が転んで骨折したことすら、知りません。


現実を知って、また不安症状が出なければいいんだけど。。





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先週の水曜日に母の病院へ行って、木曜日は父の施設へ。

金曜日に再び母の様子を見に行くつもりでいたら

“3連休 外出自粛” の御触れが出されたため

看護師さんに電話して、週末は面会に行けないことを母に伝えてもらいました。


でもなぜか、ホッとしてる。(^^;

行かずに済むんだから。

IMG_0444temple.jpg

母が入院した時、医師は言いました。

「今後は点滴のみになる、誤嚥の危険があり、もう食事は無理かもしれない」

正直、私も姉も覚悟しました。


でも、先週の母は落ち着いていて

早く施設に戻りたがっていました。(今すぐ死にたいんじゃなかったの?)

そして

「朝ごはんを自分で食べれた、お薬も一人で飲めた」と嬉しそうでした。


普通の娘なら、“良かったね!” と言うのでしょう。

でも私は複雑でした。


また振り出しに戻った。

いつまで続くのか。。


こんな風に思う自分に自己嫌悪です。

自分の親なのに。

大切に育ててくれたのに・・・。




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昨日の母は、一層苦しそうでした。

ここ二日 食事が摂れず、また点滴をしていました。


私の目をじっと見て、手を合わせて、

「お願い、先生に言って。お願いお願い」

こればかりを延々と繰り返している。


“安楽死は犯罪、延命はしないようにお願いしている” と

メモに書いて見せても 聞く耳持たず。

「お願いお願い…」


もう辛くて、見ていられません。

こんなの蛇の生殺し。

IMG_04552003a.jpg

肺がんだった義母は終末期にホスピスへ転院し

苦しんで苦しんで

最後はモルヒネを投与され、ほどなくして亡くなりました。


専門的なことは分からないけど

緩和ケアみたいなことはできないのだろうか。


母を見ていると

生きてることがそんなに素晴らしいこととは思えない。



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今日の母は落ち着いていて、まともに会話が出来ました。

そして言いました。

『もうあかん、死ぬのはあきらめた』


主治医の腕にすがって(安楽死を)お願いしたけれど

“はいはいはい…” と相手にしてくれなかったらしい。(笑)


以下、母の言い分。

・スタッフがエラそうにしてる

・食後の薬を牛乳で飲まされた

・飲み込めないと言ってるのに、一度に7錠も口に放り込まれた

・もうすぐ退院できそうな気がする

・ここに比べたら施設は天国、みんな優しい


散々愚痴をこぼすと

「あ~話してすっきりした。紫陽花もう帰ってもいいよ」…だってさ。

10分くらいで部屋を出ました。

IMG_0442crose.jpg

90歳で、治る見込みがなくて、本人は死にたくて仕方がないのに

どうして死ねないんでしょうね。

不慮の事故で亡くなる若い命もあるというのに・・・




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母はますます苦しそうで眉間にしわを寄せていました。

「先生呼んできて、今日お願いして!」を延々と繰り返す。

意思表明書を書いたのだから、安楽死出来ると勘違いしている。

「お父さんお姉ちゃんに会わなくてもいいから、今すぐお願い!」


私の手首をつかんで、殺して!という。

その腕力の強いことといったら…

私が拒否すると、自分で自分の首を絞めていました。


血色はよく、点滴も外され、

看護師が言うには「今日は普通の食事を6割くらい食べましたよ」

(・・?ぇ


主治医によると、来週には退院になるかも。

今すぐ死にたいのに、退院となると母は絶望するだろう。

なんとか楽にさせる方法はないか?と聞くと

身体の酸素は足りてるから、どうしようもないらしい。

IMG_0443plum.jpg

母の死にたい騒動は過去に何度あったことか。

いい加減 楽にさせてあげたいです。

こちらも辛いから…。


私が80代になる頃には

安楽死が合法化されていたらいいのになぁ。。



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両親は、葬儀に関する要望を詳しく書いています。

場所も老舗の葬儀会館に決まっています。

IMG_04252003.jpg

先に会員になっておくと、特典があるらしいので

姉と二人で話を聞きに行きました。


ふかふかのソファーに案内され、スタッフに両親の希望を伝えました。

・常識や習慣にこだわっていない

・葬式は一切不要、枕経のみ

・簡単な祭壇、一対の生花、一番小さな骨壺


まずこのことを伝えると、スタッフは「それはちょっと・・・」と

低姿勢ながらも 渋い顔をされました。

早い話が、

“いくら親がそう言っても、もっとちゃんとしておけば良かったと

後で家族が後悔するから、もう一度考え直してくれ” ということ。


そりゃあ、これでは葬儀場は儲かりませんもんね。

通夜から初七日法要までを勧められました。


それでもコチラは引き下がりません。(笑)

以前からずっと聞かされてきたこと、

参列者は娘夫婦のみであることなどを伝えると、

“そうですか、それなら・・・” みたいな感じでした。


いくら質素とは言え、ちゃんと送ってあげたい。

お花だって、棺桶だって、骨壺だって、

娘の独断で、納得のいく物にするつもりです。




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母は食事を中止し、点滴のみになりました。

先生が言うには、もう食べるのは無理かもしれないとのこと。


ひとまず入院はするけど、そのあとどうするか?と聞かれました。

頭が混乱して、私には分からない。

施設の看護師と直接、電話で話してもらいました。

施設で点滴、そして看取りもしてくれるそう。。


問題はここから。

母は延命を希望していないため、(点滴も延命だが)

点滴だけでどれだけ持つか、ということ。


診察が終わると、母は「ただの風邪?」と何度も聞きます。

声はすごく元気なんです。

「うん、肺がちょっと弱ってるからしばらく入院ね」と答えると

「良かった~」と安心したようでした。


それでも、苦しいことに変わりはなく

「先生に(延命拒否の)手紙を渡して!」と姉と私にすがって叫びました。

大丈夫だよ、ちゃんと先生には話してあるから。。

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父には、詳しいことを話していませんが

しばらく入院すると言うと、何かを悟ったようでした。


そして

よろける脚で介護タクシーに乗り、ひとり施設へ戻っていきました。




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