La fin du jour...心を病む母の介護日記

離れて暮らす両親を介護・支援する日々

父の洋服選び

父は、何も言わなかったら 何週間も同じ洋服を着ています。

タンスには山ほど洋服が眠っているというのに、

こだわりの強い父は、楽で気に入ったものしか袖を通しません。

おまけに、カーディガンで暑さ調節をするのが嫌いなので、一枚で温かいものが必要。

そして室温を25度に設定します。

今日も、「着るものがない」と言うので、

〇まむらへ行って(笑)、裏がモコモコの上下を買ってきました。

さっそく「これいいわ」と言って着ていたけど、また気が変わるだろうなぁ。


そんな父から、「たぶん当たってないだろう」と、宝くじ42枚を渡された。

もう一年近く出かけてないのに、いつ買ったんだろう?

当たってたら取っといて、みたいなことを言っていたが・・・

なんと8800円の大当たり!

さすがにこれは、頂けません。

いえ、私はたとえ300円でもちゃんと返しますわよ。^^


今晩も父が拒否した配食弁当を食べます。

明日は実家へも母の施設へも行かなくていいし・・・有り難いことに主人は出張中。

料理しなくていいって、幸せ~♪

あー、気楽だー!\(^o^)/

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[ 2017/01/19 18:27 ] 父のこと | TB(-) | CM(-)

父の遺言

最近ちょっと元気になってきた父。

要支援2から1へ格下げになりました。(^^;

今までは、歯を磨く時も立っていられないからと、

洗面所に椅子を置いていたのですが、それも片付けられていました。


なのに、徒歩2分のお医者さんには歩いて行けないらしい。

今日も、6種類のお薬をもらってきました。

お薬☆命の父はこの時が一番幸せそう・・・(^o^♪


ただ、少食は相変わらずで配食弁当を拒否。

どうしても食べたくない時のために、メイバランスを買っておきました。

これも普通に出したら飲まないと思うので、

「これは病院でも使ってるお薬だから」と半分ウソをつきました。

食品はダメだけど、お薬なら抵抗ないだろうという私の予感は的中!

えらく気に入ったようで、たくさん買っておくように頼まれました。

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好きなものだけ食べたい父。

まぁ、残り少ない人生だから、それでいいんですけどね。

今日もステーキが食べたいと言っていました。

旅立つ準備が出来ている人ほど、長生きするんですよ。。

[ 2017/01/18 17:36 ] 父のこと | TB(-) | CM(-)

悲しみは今も

22年前の1月17日午前5時半ごろ、どういうわけか ふと目が覚めまして

なにか嫌な予感がして、立ち上がりカーテンを開けました。

すると西の空が紫がかったピンク色に染まっていました。

日の出までまだ時間があるのに、気持ち悪いなーと思いながら

もう一度布団に潜り込んで、うとうとし始めたその時、

地鳴りと共に大きな揺れに襲われました。


地震の時、両親は60代半ば。

翌日、交通機関も正常に動かない中、当時私が住んでいた社宅に、

たくさんの食料を持ってきてくれました。

元気でしたねー。

親の愛を感じずにはいられませんでした。


家の中はモノが散乱し、液状化現象で周りは水浸しになっていました。

結局、ユーティリティが復帰するまでの2か月間、

主人と私はそれぞれの実家で過ごしました。


私の周りにも大切な家族や家、仕事を失った人たちがいます。

当たり前の一日が、当たり前でなくなる。

平凡な毎日を送ることが、どれほど幸せな事か。。


何年たっても、あの日が近づくと胸が痛くなります。

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@ Kobe Port

[ 2017/01/17 05:46 ] 思うこと | TB(-) | CM(-)

不眠

今日も眠れなかった。

別に思い悩むことが無くても、月に何度かは朝まで眠れません。

私、特に取柄は無いけれど、24時間テレビに出られる自信だけはあります。

朝まで生テレビ!も。。(^o^)


心療内科ではハルシオンをもらっていますが、

クセになるのが嫌で、翌日車を運転する予定が無い時は飲みません。


現在、日曜日の午前5時過ぎです。

もう寝るのを諦めて起きました。

あったかい甘酒を飲んでいます。^^


私は、驚くなかれ小学生の頃から不眠で よく両親を困らせました。

まぁ、自律神経失調症…とやらですけどね。

こういう神経質なところも母親の家系。

自分のDNAを恨みます。


大雪の予報が出ていたから、昨日(土曜日)の午前中に

週末の食糧は確保しておきました。

でも、うっすら積もる程度で終わりそう。

皆さまの地方は、被害など出ていないでしょうか。

どうぞお気を付けて下さいね。

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[ 2017/01/15 05:27 ] 私のこと | TB(-) | CM(-)

父、大丈夫か?

父は片付け魔で、88歳の一人暮らしとは思えないほど

家の中は全てが平行・直角に置かれて、整然としています。

片付ければ当然、モノが動くわけで…

整頓しながら、常に何かを探しているという皮肉。

今日も母のマイナンバーを聞いたら、書類を無くしたと言う。

一度無くして、出てきたのに、それをまた無くしたのです。


それに・・・

お昼ご飯のカレーを片付けて、母の施設へ向かう途中

父からメールがあり、「お昼何食べたか、度忘れしました」と。。

食べ終わって30分も経ってないのに?

認知症らしい気配はないのですが、たまに怪しくなります。(-.-)


写真は食が細い父のご飯。

こだわりが強いため、魚沼コシヒカリでないといけません。

2合を柔らかく炊いて、一口大に包んで冷凍しておきます。

2合で17食分。(笑)

実家でこの作業をすると、時間がかかるので

こっそりわが家の"つや姫"で作ってみました。

ばれるかな~

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[ 2017/01/13 17:43 ] 父のこと | TB(-) | CM(-)

老健に転院

てんやわんやの一日でした。

まず ワンコをペットホテルに預け、いざ母が転院する介護老人保健施設へ。

緑に囲まれた、というか山の中なので環境もいいです。

病院とは違って、和気あいあいとした雰囲気。

スタッフさんたちも丁寧で、母もホッとした様子でした。


病院では寝たきりで、この一カ月一度も車椅子を使わなかったけれど

リハビリ病院に来たからには、二人がかりで力づくで乗せられて

有無を言わさず昼食のため食堂へ連れていかれました。(笑)

環境が変わり、とても不安がっていましたが、

食事から帰った時は落ち着いていました。


施設長さんが訪ねて下さいまして、

先に渡してあった毛筆の「遺言状」を うんうんと頷きながら読み、

「これはご本人が書かれたのですか?」と、驚いていました。

一切の延命治療は拒否、最低限の治療でお願いします。(^o^)/

それなのに、ここでもやはり、母はナースコールを握りしめていましたw


施設では何から何まで名前を書くんですね。

油性マジックを持っていて良かった。

一通りの手続きが終わり、次は実家へ。

父の夕食&明日の朝食の準備、いつものルーティンを済ませてきました。

今日も派手にトイレを汚していたわ。


リハビリの3か月間で、次の施設を探さなくてはいけません。

要支援1の父と要介護3の母が一緒に入れるところとなると、

なかなか難しい。

一体どうなるんだろう?

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[ 2017/01/12 21:24 ] 日記 | TB(-) | CM(-)

秘訣

母は、ひと月大病院でお世話になりました。

皆さん良くしてくれて、婦長さんと退院の話をしている時

別れが辛くて泣いてしまったらしい。(^^;


入院した当時、母は言いました。

「看護師さんと話す時は必ず名前を呼ぶの、○○さんおはようございます、

○○さんおやすみなさい、って。

そうすると、みんな喜んでくれる。もう5人の顔と名前覚えた。

名前で呼ぶことが秘訣♪」と。。


病院の食事も本当は美味しくないはずなのに、

看護師さんの前では、"美味しいから完食した"…と手を合わせていました。

聞き分けのいい患者なら、優しく扱われるかも、という期待の表れなのか?


以前の記事にも書きましたが、母は早くに親を亡くし

周囲の大人に気を遣いながら育ちました。

敵を作らないように、自分を守るために

母なりの処世術が身についてしまったのかなぁ~、とか思ってしまう。


病院でも気を遣って、家族に遠慮して施設に入ることを決め・・・

そういう性格だから、あんな病気になるのかな~

なんだか母が不憫に思えてきました。

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[ 2017/01/11 17:11 ] 日記 | TB(-) | CM(-)

老健スタッフと面談

母はあさって介護老人保健施設に転院、そこで3か月 リハビリすることになり、

老健のスタッフから説明を受けました。

母の今の状態を見ると、歩くのは無理だろう・・・と言われました。。

トイレを自分で出来るように、というのが当面の目標のようですが、

無理じゃないかな??


帰りに施設を見学してきました。

ま~、僻地だったわ。。

父にお昼ご飯を食べさせて、その後に施設に寄ったら一日仕事になりそう。

家でワンコを留守番させていることを考えたら、ちょっと厳しい。

母は、「遠いから来なくていい」と言っているけれど、

今のペースで会いに行くのは、無理かも。

ま、私は父親担当という事で、我慢してもらおう。


その父は最近、完全に配食弁当を拒否ってます。

私も姉も来ないお昼は絶食している様子。

別にいいんですけどね。(笑)

ただ、そのままゴミ箱に捨てているので、それだけはやめるように言いました。

戦争を経験した人間が、食べ物を粗末にするなんて!

今日も、父が食べなかったお弁当が私の夕食になります。

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[ 2017/01/10 17:39 ] 日記 | TB(-) | CM(-)

会いたいのに会えない

母が入院してひと月が過ぎ、父はお見舞いに行くと言ったり

やめておくと言ったり・・・心が揺れている様子。

去年の春から一度も外出していない自分が、

寒い冬に混み合う病院になど行ったらどうなるか?

父本人も分かっているから、決断できないなのです。(^^;


「お父さんが会いたいって言ってるよー」と母に言うと

母はまた、感極まって泣きだしました。(笑)

「お父さんは喉が弱いから絶対に風邪ひく。来ないで欲しい。会いたくない!

そう言っといて!」

と、気持ちとは裏腹の妻ごころ。。


さて、家に着くといつも父に「お昼何が食べたい?」と聞くのですが、

今日は間髪を入れずに「スパゲティー」という返事が返ってきました。

ずっと考えていたんでしょうね。

買い物に行く前に病院に寄って、どんなものを作っていたか母に聞いてみました。

トマトソースは食べないらしい。

隠し味に白ワインとコンソメを使うように言われました。

アサリは固いだろうし…野菜とベーコンのパスタにしました。

と言っても高齢者仕様。

野菜もベーコンも粗みじんに、彩りのパプリカも皮を剥いて、

パスタは たらんたらんになるまで柔らかく茹でて。。

それでも父は美味しそうに食べていました。

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[ 2017/01/09 19:34 ] 日記 | TB(-) | CM(-)

生かされた10年

昨年、94歳で亡くなった主人の父は、80代半ばくらいから

呼吸器疾患で入退院を繰り返しました。

呼吸困難で意識を失うたびに救急車を呼んで、ひと月入院。

退院したらまた発作を起こす、の繰り返し。。

「今夜が峠です」という医師の言葉を、最低3回は聞いています。

そのたびに、家族が集まり 葬儀の相談。。

なのに翌日、『高度な医療』 で 不死鳥のようによみがえる。


家に大きな酸素ボンベを置き、24時間酸素吸入が欠かせません。

ほぼ一人で介護していた母も、度々過労で入院していました。

お金の事を言うのはいけませんが、

その10年でどれくらいの医療費を夫婦で使ったことか。

介護を巡って家族に亀裂も入りました。


今でも思います。

あの10年は何だったんだろう。

80代半ばで最初に倒れた時、天に召されていたら、

本人も家族も楽だったのではないか?

高齢者を無理やりに生かせることが、

いや、死なせないことが本当の幸せなのか。。


生き甲斐が病院通い」という記事を読みました。

「医学の勝利が国家を滅ぼす」・・・なんという皮肉でしょう。

"人は何のために生きるのか・・・"

高齢者問題は哲学でもありますね。

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[ 2017/01/08 13:22 ] 夫の家族のこと | TB(-) | CM(-)